自殺対策は、まず、「人基準」での差別社会をなくすことから 名前: 渡辺 穣二 [2006/12/10,23:52:21] No.1
2006年7月15日、国会で自殺対策基本法と改正男女雇用機会均等法が、全会一致で成立した。我国の状況を考えると今頃かとも思える。しかし、現在の日本の社会では、評価・報酬について働く人達が背負い切れないほどの矛盾があり、このような立法だけではとても現代社会の大問題が解決できるとは思われない。

自殺対策基本法は、年間3万人を超える自殺者の減少に向け、社会全体の体制構築を目的としており、事業主に労働者の心のケアに努めることも求めている。しかし、性別、年齢、学歴、性格、人間関係などの人の属性で人を評価する(「人基準」と言って、殆ど努力で変えられない要素で評価するある種のカースト制)現在の日本の雇用慣行を放置して、人々の心のケアができるとは、思えないのである。

リストラが経営上の一般的慣行となった今、経済的理由による自殺者が多いのも、本人の努力ではいかんともしがたい年齢や性別による「人基準」差別により転職できない、職が見つけられないと言う我国の労働市場での差別的慣行が問題である。

我国では求人広告で、女性・35歳以下とか、接客業でもない社員の求人に年齢差別が一般的である。さらに、中高年にとっては、それまで培ってきた高い見識や実績、意欲などどんなにあっても、年齢差別の前には、無意味とも言える状況が続いている。

このような冷酷な差別が、人生で再挑戦しようとする多くの老若男女の心を、どれほど蝕んでいることか、問題の本質を経営者も政治家も理解すべきであろう。

日本では、一流企業でも公正さから言えば、疑問の出るところが少なくない。例えば、ある一流国際的大企業で、正社員と契約社員の二人の女性が机を並べて働いている場合がある。一方の女性社員は、学校を出てからずっとこの企業で働いてきて、年功で社内資格が上がっている。他方の契約社員は、この会社に就職後、結婚と子育てで5年間ほど仕事から離れた。そして、改めて元の企業に職を求めたら、契約社員というラベル(低いカースト)を貼られたのである。

この女性社員達の上司の話を聞くと、契約社員は、精神的に成熟し、他女性社員らと遜色ないどころか顧客からの信頼が高く、正社員と変わらぬ責任と仕事の守備範囲だと言う。しかし、二人の年収を見ると、正社員は、契約社員の2倍以上である。

正社員の年収が650百万円、契約社員の年収が250万円として考えてみれば、感覚的に分かりやすいだろう。報酬は従事している仕事の価値に連動することを公正だと考えたとき、この例は、誰の目から見ても、極めて非公正である。

つまり、日本では国際的に知られた一流企業においても、同じ仕事の価値に対し年収差が非常に大きく、一流企業が泥棒をしていると言うと言いすぎだろうか。

このようなことは、契約社員だけでなく派遣社員に対しても、我国では頻繁に行われている。一般に派遣社員(や契約社員)になる人たちは、会社の中でのどろどろした人間関係の中で働くよりも、決められた時間、決められた内容の仕事をきっちりこなすという、言うならば職業人としてのプロフェッショナルな仕事のやり方を好む人材が多い。

彼らは、「人基準」社会でコネと甘えを頼りに生きるのでなく、「仕事基準」で正々堂々と社会に「仕事の価値」を提供することで生きる道を選んだ。しかし、非公正さは、このような派遣社員と一般社員との間に現れていることが多い。

長い人間関係のなかで、互いに甘えが生じている社員同士では、依頼しにくいことを、このようなプロフェッショナル精神に富んだ派遣社員が担う。派遣社員は、派遣元の代表選手だという意識があるので、少々の厳しい要求にも素直に従って働く。一方、企業の中で甘えのある社員は、面倒な仕事を派遣社員に押し付ける。

そして、報酬額に比して派遣社員に圧倒的な仕事の質と量が、要求されるようになる。やがてそのような派遣社員は、派遣先の「人基準」に起因した非公正(現代のカースト制)に嫌気がさし、他の新しい派遣先企業を求めるようになる。

人間関係が短く身近に感じない派遣社員に対してだけ、過重な仕事を依頼できるというのは、実は、日本の会社のどろどろした「人基準」文化の弱さを示している。「人基準」文化の組織では、学歴、年齢、性別など努力で変えられない要素を基準に報酬を支払うため、努力で変えられる人間関係や気持ちが過度に重要視され、本来躊躇なく依頼すべきことを依頼できなくなる。

「仕事基準」なら、外部の「仕事の価値」における競争であるのに対して、「人基準」では、組織内部の人達との人間関係の競争に内向化する。そのような組織では、上司が部下に言うべきことを遠慮し、社員同志でも互いに「仕事の価値」を高めるべく、徹底的に議論するという風土ができない。

企業だけでなく社会全体の活性化で重要なことは、性別や年齢、肩書きでなく、あくまで各員の仕事を見て評価し、「仕事の価値」に応じて公正に評価し、報酬も支払うという考え方を言明し貫くことである。

そうすることで、日々新たに「仕事の価値」を求めて挑戦する意識が醸成され、周りにも甘えず、各個人も組織も社会も真の成長が担保されるようになるのである。

(仕事の価値による評価・報酬制は、いくつかの一流企業で導入されており、「仕事基準」での評価・報酬制度:付加価値報酬制と呼ばれている。)


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