公務員改革での「給与体系の能力主義」は、誤りである。 名前: IHCS 渡辺穣二 [2007/01/04,11:38:44] No.2
政府が検討を進めている公務員改革の概要が明らかになったと日経新聞(12月31日)などに発表された。

記事を読んでみると、渡辺喜美行政改革相は2006年12月28日午後、内閣府で就任後初の記者会見を行い、公務員制度改革について「まず天下りの問題、給与体系の能力主義、実績主義の導入の問題にメドをつけた後、公務員の労働基本権の話という二段階方式でもいいのではないか」と述べた、と言う。

いまさらという気がしないでもないが、公務員を含め様々の組織の評価制・報酬制に従事している専門家から見ると、本質的問題が心配になる。

例えば、能力主義というのは、日本でも民間企業が30年前に職能制度として導入を試みたが、結局、年功制に近い給与体系になってしまった歴史がある。そこで、出てきたのが職務給制度である。それから、10年以上前に成果主義が出てきて、運用を誤った企業が業績を下げた。こういう歴史を行革大臣である渡辺喜美議員には理解しておいて欲しい。

同じ職場で仕事をしていると、上司・部下の人間関係も重要となる。我々日本人に限らないが、組織での人間関係はどこでも大切である。殊に日本人は、儒教の影響もあり、人に後ろ指を刺されないようにとか、とにかく、組織内での人間関係が仕事よりも意識されたりする。(戦時や赤穂浪士など極端な例では、トップや参謀が外を見ず内向化し、組織自体が滅びるようなこともあるが、これは日本人の組織に対する哲学の問題である。赤穂浪士は、話としては面白いが家族を不幸にし仕事の価値を生んでいない。)

そのため、多くの上司は部下の能力を客観的に評価できにくい。心の底では、分かっていても、温情が幅を利かせ、彼も40歳を超えるし、子供も中学・高校生が2人ということで、課長職にしないと、ということが通例になる。

一流大企業の例では、資格(給与の段階)を上げる前年の評価は、最高のA評価が慣例となっていくのである。

殊に公務員の場合は、入省時の資格や学歴別に生涯にわたり報酬が決められるということが長期に続いてきたが故に、彼は、どこ大学卒だから能力が高いのだとなる。

そのため、仕事の価値からみると不十分であっても、給与が生涯にわたり高くて当然という人材が多数ということになる。これでは、組織全体のモーティベーションも業績も上がらない。

つまり、タックスペイヤーが求める実質的な「仕事の価値」でなく、本人に背番号のようにくっついた学歴、大学、コネなどが評価対象になると駄目なのである。

私たちは、学歴、性別、年齢、出身、性格など属人的な要素で評価することを「人基準」と言うが、このやり方では、組織は、長年のうちに業績が上がらなくなる。属人的要素は、固定化された過去の要素の評価となるからである。

タックスペーヤーである国民が求めることは、国民にとっての「仕事の価値」、つまり、毎日、毎日の仕事のなかで業績を上げ、より良いサービスに努めてくれることなのである。あくまで、仕事の価値を評価するという「仕事基準」での評価性・報酬制が正しいのである。

注:「仕事基準」の評価制・報酬制は、短期に仕事の何らかの要素の向上分だけを評価する成果主義とは異なり、地味で繰り返しの仕事(既存顧客へのサービスなど)であっても顧客にとり重要なサービスをきちんと評価することが特徴である。経団連会長御手洗氏の出身であるキャノンを初め、花王、伊勢丹など日本でも優良企業に導入された実績がある。


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